2012年2月2日木曜日

愛から立ち上げる気☆

愛から立ち上げる気」とは?

私は物心ついた時から神様とよくお話していました。
私の見る神様(の根源、大本、本体)は、巨大な巨大な太陽のようなミラーボールのような光の玉です。
私はそれを子供心に「神様」と呼び始め、それ以来ずっとそう呼んでいますが、本来は「宇宙意識」と呼ぶべきかもしれません。

その神様の根源(大本、本体)は愛そのもの、宇宙の愛の源です。
それはエネルギーの塊のようなものですから、私が直接やり取りする時には様々な別の形で現れます。

一番多いのが、かなり歳を取ったお爺さんの姿で、長い髭を生やしていて杖をついています。
女神様の姿で現れることもあります。
私はイギリスにいた時にクンダリニーが覚醒しましたが、その時には天上界から様々な神様が現れて祝福してくれました。
日本の神様、仏教っぽい神様、インドっぽい神様(おそらくヒンドゥー教の神様)、その他見たことが無いような色々な神様が皆「おめでとう!」「良かったね!」と(想念で)祝福してくれました。
(クンダリニーが覚醒した時の体験はまた別の時に書きたいと思います。)

人がこの世に生を受けて、苦しみや喜びなど様々な体験をしているのは、神様の代理で体験しています。
皆、宇宙の愛の源である神様(の根源)から派生して、あるものはAさんやBさんという人間になり、またあるものはA神様になりB神様になるというように。

AさんBさんも、A神様もB神様も、それぞれ個別の存在のように思われるかもしれませんが、実は大本では繋がっていて、それぞれの役割を果たしながら様々な体験を吸収しているのです。

そして、神様の根源(大本、本体)は愛そのものですから、全ての意思、言葉、行為が、自分を、相手を、真に思いやる愛から始まるものであれば、それは神様の意に沿っており、宇宙意識が全体として成長するプラスのエネルギーを増すものとなります。

愛から立ち上げる気」とはまさにそういう気のことです。

「気」ではなく、「祈り」でも「想い」でも「問いかけ」でも、愛から立ち上げたものは神様のエネルギーに同調します。
そのため、本来ならその人の霊格では届かないはずの高みにまで到達することが可能です。
ただ、その人の霊格やエネルギーの大きさによって差が出ます。
時間差だったり、結果の差だったりというように。


「愛」や「神様」といえばキリスト教が最も有名ですね。
キリスト教では新約聖書「ヨハネの手紙一 4章7節~8節」にこうあります。

愛する者たち、互いに愛し合いましょう。
愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。
愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。

また同じく新約聖書「コリントの信徒への手紙一 13章4節~7節」にはこうあります。

愛は寛容であり、愛は親切です。
また人をねたみません。
愛は自慢せず、高慢になりません。
礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、
怒らず、人のした悪を思わず、
不正を喜ばずに真理を喜びます。
すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。

キリスト教でいう神様と私がいう神様が同じなのかどうか、私には判りません。
いずれにしても、神様の根源は愛そのものであり、宇宙の愛の源であることに違いはありません。

動機が何よりも大切です。
だから「愛から立ち上げる」ことは何よりも素晴らしいことなのです☆

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